文 林 通 信

La première qualité du style, c'est la clarté. Aristote

神さまのノート

世界のひみつはすべて、
           神さまのノートのなかにあるとしたらーーー。
 
 
教会は、きょうも生と死をつかさどる。
生まれたとき、赤子は洗礼を受ける。
天に召されたとき、葬いの儀式がおこなわれる。
祭壇に向かう中央の通路には、数えきれないほどの新生児と死者がそこを通ったことだろう。何世紀にも渡って。そしてその周りで祝福したり、喪に服したりする人びと。白や黒の、特別な衣服を身につけて。
 
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きらきら光る、St. Étienne du Monde教会
天上に住まう者。天使や聖人たち。かれらは遠くから降りてきて、赤子のあたまを、死者のあたまをやさしく撫でつける。その神聖な空気にふれた者は、特別な栄光に包まれる。いのちをもった者の、はじめとおわりの祝福。
 
 
あたまを撫でつけられた者たち。この世はかれらにとって善き場所であったか、あるいはそうではなかったか。のこされたわたしたちは知ることがない。
そしてまた、天上の世界が善き場所であるか、そうではないか。わたしたちは知ることがない。
 
にんげんのかたちをしてはいるけれど、からだの半分は天上の領域に含まれている、生まれたての赤子となくなったばかりの死者。
 
かれらと神のやりとりは、無言のうちになされ、大切なことはその指先のうちに、模様のはいった金の小箱のなかに、ひっそりとしまわれる。そして二度と、決して二度と、開かれることがない。
 
こうしてわたしたちの生は、まったくの未知数のなかに、静かに記録される。沈黙のうちに、無言に貫かれた一冊の神さまのノートのなかに。それを覗くことは、わたしたち人間には決してできない。いつ生まれて、いつ世を去るのか、決して知ることはない。
 

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Marie, pourquoi vous ne dites rien avec le regard doux ?


今朝の教会には、青いベールを身につけたシスターのたまごたちが訪れていた。かれらは開かれることのない神秘に近しいところにいる。わたしはもしかするとそこから随分と遠いところにいるので、彼女たちの周りにただよっているとどうしてか安心するのだ。

 
 
天使たちはある夜、三十を迎える二十日前のむすめを天に連れ去った。その訳を、天上の者たちは教えてくれない。かざりをほどこされた分厚い扉は、隙なく閉じられた。
 
かなしみに浸った友人たちは、教会を訪れ、天につながる巨大な扉を見上げる。いにしえのだれがしかが緻密に彫り上げた花々や唐草に彩られて、扉は有無を言わず威厳をたもったまま。
わたしたちは近づく。できる限り、その神秘に近づく。
 
ーーーーー  十二時の鐘が響きわたる。
 
 
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世界のひみつは、この沈黙のなかにある。そこで生命は誕生し、ゆるされた生を精一杯に過ごし、そしてまた、その謐けさのなかに返ってゆく。この地球上でなにをしようとも、どんな功績をのこそうとも、わたしたちはノートに予め記された以上の存在でも、以下の存在でもない。
 
どうか彼女が、やすらかな眠りのなかに、いつくしみに満ちたみずみずしい声音のなかに、永遠のときを過ごすことができますように
 
 

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