神さまのノート
世界のひみつはすべて、
神さまのノートのなかにあるとしたらーー ー。
教会は、きょうも生と死をつかさどる。
生まれたとき、赤子は洗礼を受ける。
天に召されたとき、葬いの儀式がおこなわれる。
祭壇に向かう中央の通路には、数えきれないほどの新生児と死者が そこを通ったことだろう。何世紀にも渡って。 そしてその周りで祝福したり、喪に服したりする人びと。 白や黒の、特別な衣服を身につけて。
天上に住まう者。天使や聖人たち。かれらは遠くから降りてきて、 赤子のあたまを、死者のあたまをやさしく撫でつける。その神聖な 空気にふれた者は、特別な栄光に包まれる。いのちをもった者の、 はじめとおわりの祝福。
あたまを撫でつけられた者たち。この世はかれらにとって善き場所 であったか、あるいはそうではなかったか。のこされたわたしたち は知ることがない。
そしてまた、天上の世界が善き場所であるか、そうではないか。わ たしたちは知ることがない。
にんげんのかたちをしてはいるけれど、からだの半分は天上の領域 に含まれている、生まれたての赤子となくなったばかりの死者。
かれらと神のやりとりは、無言のうちになされ、大切なことはその 指先のうちに、模様のはいった金の小箱のなかに、ひっそりとしまわ れる。そして二度と、決して二度と、開かれることがない。
こうしてわたしたちの生は、まったくの未知数のなかに、静かに記 録される。沈黙のうちに、無言に貫かれた一冊の神さまのノートの なかに。それを覗くことは、わたしたち人間には決してできない。 いつ生まれて、いつ世を去るのか、決して知ることはない。
今朝の教会には、青いベールを身につけたシスターのたまごたちが
天使たちはある夜、三十を迎える二十日前のむすめを天に連れ去っ た。その訳を、天上の者たちは教えてくれない。かざりをほどこさ れた分厚い扉は、隙なく閉じられた。
かなしみに浸った友人たちは、教会を訪れ、天につながる巨大な扉 を見上げる。いにしえのだれがしかが緻密に彫り上げた花々や唐草 に彩られて、扉は有無を言わず威厳をたもったまま。
わたしたちは近づく。できる限り、その神秘に近づく。
ーーーーー 十二時の鐘が響きわたる。
世界のひみつは、この沈黙のなかにある。そこで生命は誕生し、ゆ るされた生を精一杯に過ごし、そしてまた、その謐けさのなかに返 ってゆく。この地球上でなにをしようとも、どんな功績をのこそう とも、わたしたちはノートに予め記された以上の存在でも、以下の 存在でもない。
どうか彼女が、やすらかな眠りのなかに、いつくしみに満ちたみず みずしい声音のなかに、永遠のときを過ごすことができますように 。