文 林 通 信

La première qualité du style, c'est la clarté. Aristote

ジェラルドとクリスティーヌ

映画のコンフェランスでスイスのバーゼルに滞在しました。物価の高さで有名なスイス。なんと、フランスの一般内科医とスイスのレジ打ちの仕事は同じ年収なのです。したがってスイスの人はしばしば、国境を越えて買いものをしに行きます。

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うつくしいバーゼルの自然

バーゼルはフランスとドイツの国境沿いにあります。自然に囲まれたすばらしいこの街に、ジェラルドとクリスティーヌは住んでいます。

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ジェラルドは精神分析家です。子供から大人まで、富める者から貧しい方まで、あらゆる人びとのカウンセリングを行っています。スイスの富豪は桁違いと言われますが、あまりに富める人びとは、ときにそのせいで心が病むのだそうです。かれはダイナミックで寛容で、遊び心と知的好奇心がたっぷりあり、一緒にいる人をたのしく真剣な気持ちにさせる人です。

 

クリスティーヌはアーティストです。絵や版画をつくるだけでなく、色を生み出し、組み合わせ、家や街の色彩を決める仕事もしています。今はバーゼル市に新しく建てる塔の色を決める任務を任されているそうです。近所の野原や家々の小さな境を裸足で歩き、自然に生えている木の実をとって食べる姿を見て、幼少期からこんな風にしてスイスで過ごしてきたのかもしれないと少し感動しました。


ふたりとも離婚を経験しており、知り合ったのは約十年前でした。展覧会でクリスティーヌの作品を見て、ジェラルドが一目惚れしたそうです。夕食のあと、手作りのアイスを食べているときに少しの沈黙があり、ジェラルドが「クリスティーヌ、あなたがしんでしまったら、その後の人生はとても生きがたいだろうね...」と言いました。「ほかの人を見つければいいわ」「ほかの人!それが一体どこにいる?」「ジェラルド、、あなたみたいな人こそ、世界中どんなに探しても見つからないわ」とクリスティーヌが応え、みなで笑いました。内心、少ししんみりしてしまいました。

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クリスティーヌのアトリエ「色とかたち(farbton & format)」

かれらは六十歳を超えていますが、元気でパワフルで若々しいです。ふたりは出会ってから三回、より広い家を求めて引っ越しました。日本では六十を過ぎたら、棲家は決まっていて、落ちつく頃ではないでしょうか。でもかれらは色んな四苦八苦を超えて、まさにいまこそが人生、というくらいの勢いがあります。


過去と未来、そしてその間に横たわる現在。かれらを見ていると、どうしてか心が打たれます。出会いや別れの未知を、刹那を、必然を、感じざるを得ません。でも何かに真摯に立ち向かっていれば、その先には沢山の糸が伸びていて、多かれ少なかれ、なんらかの実りをもたらすのではないでしょうか。そう信じて、自分の為すべくことを真っすぐにこなしていくだけです。そのかれらのまったくの「誠実さ」と言ったら!