文 林 通 信

La première qualité du style, c'est la clarté. Aristote

ベルリン・天使の詩

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ベルリン・天使の詩(1987) Der Himmel über Berlin/Wings of Desire by Wim Wenders
ベルリンの壁崩壊からちょうど三十年。平成元年生まれの私たちはちょうど三十歳。

こんな素晴らしい作品を観たあとでは、どんな言葉も追いつかない。今まで観たどんな映画とも違って、どんな映画よりも印象的で、完全に心の表皮に刻まれてしまった。

子供にしか姿が見えない天使たち。天使たちは絵画に描かれるような小さな妖精ではなく、中年のおじさんたち。でもこっちの方がずっと真実であるように、私には思われる。

天使は誰にでも一人ずつついていて(守護天使)、勉強の手助けをしてくれたり、辛いときに側にいてくれたりする。図書館のシーンでは、人間の隣で一緒に本を読んだり、柱の上に腰掛けて休んでいたりする。交通事故で召されようとしているその瞬間には抱きかかえていてくれる。

そして人間たちが心の内で考えていることの全てを聞き取ることができる。そのため、天使の世界は常に騒音で溢れている。

でも私たち人間には天使の姿を見ることができない。逆に天使自身も、自分の存在を人間に知らせることができない。いつも傍に居ながら力になってあげられないことを、天使は心から悲しんでいる。

サーカスの空中ブランコ乗りのマリオンに一目惚れした主人公の天使は、彼女と人として出会って愛し合うために人間になる決意をする。人間になるということは体内に血を流し、性別を持つということ。

「永劫の時に漂うよりも、自分の重さを感じたい。僕を大地に縛り付ける重さを」

天使としての死を選び、ベルリンの壁を突き抜けてマリオンに会いに行く。

東ドイツと西ドイツ。天使と人間。男と女。言語と非言語。世界を隔てる二つの世界が融合するとき。

 

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 フランソワーズ・ドルトは『少女時代』の中で、小さい頃眠るときにはいつも一人分枕をあけておいたの、天使が隣で眠るから。わたしは天使とお話しすることができたのよって書いていた。天使のようにただ見守りつづけることが、時には何か行為を起こすことよりどんなに意味のあることか。私たち人間にとっては、ただただ静観しつづけるということが甚だむずかしいのだから。

ちなみにドイツ語タイトルは「ベルリンの空の下で」、英仏訳だと「欲望の羽」、日本語だと「ベルリン・天使の詩」。「欲望の羽」が一番内容にふさわしい気がした。

ベルリンの壁崩壊と自分の誕生年がリンクすることもあって、この作品は私にとっては記念的な意味を持つ特別な映画だ。

監督はパリ・テキサスやさすらいを撮ったヴィム・ヴェンダース

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